県境の酷道を行く

好天の9月の日曜日、バーナー、コッヘル、およびごく簡単な食材持参で、富山県と岐阜県を縦断する酷道へアタックすることにした。


先ずは「酷道」で名高い国道472号を富山市八尾(やつお)町から南下することとする。
その前に、越中八尾駅を発車した、名古屋行きディーゼル特急「ひだ」をバックに。


牛首 (0) 




472号は途中から471号と重複路線となる。岐阜県境へ続く道は、小規模な村々をむすんでゆるやかに高度を上げる。道幅は所々狭くはなるものの路面は良好で未だ酷道と言われる所以はなさそう。しかし交通量は極めて少なく、日曜日の午前中であるのに県境までの約一時間ほど、すれ違う車、バイクはほぼ皆無だった。


牛首 (2) 




このルートは豪雪地帯でもあることから年間の通行止め期間が長い。と、ネットにもそう紹介されているが、峠に近い県境にゲートがあるのはいささか疑問に思われる。また、この県境からさらに峠に向けて上りが続くようだし、そこが「酷道」の本領発揮する区間と思われるが、ゲートが閉じられた時の「通行止め」の看板も逆ではないのかと感じるのだが。


牛首 (3) 





勾配は緩やかではあるが、峠に向けて「酷道」が始まった。


牛首 (4) 




地図では「楢峠(ならとうげ)」とあるが、そのポイントに気づく事無く、下りが始まっていた。途中で現れる重複国道のプレートは、県境のものもそうだったが、上部471の傷みが激しい。積雪の仕業だろうか。


牛首 (6) 




すれ違うものは相変わらず皆無で、青空の下を楽しくのんびり走ることができた。
八尾から約50kmほどで、国道350号に出る。そこから白川郷に向けては快走路であった。


牛首 (7) 




本日、二つ目の目的路は「牛首林道」。白川郷から北上し富山県に抜けるダートである。
観光客でごった返す白川郷のコンビニで水を購入。早速、林道へ進入。再び富山県境に向けて緩やかに上っていく。

久しぶりの本格的な林道走行は、やはり一人では心細い。はたしてこの先、崩落箇所はないか、走行不能に陥る転倒はしないだろうか、抜けるような秋の空に反して、不安はいっぱいである。


牛首 (8) 





路肩にバイクを停め、キーオフすると静寂が訪れる。心細さは増す一方だが、しばらくすると山間をバイク音が聞こえてきた。


牛首 (9) 



お互いかるく会釈をしただけで、通り過ぎていったが、そのライダーの存在によって、不安はだいぶ解消される。ここまで走ってきたルートに、そのオフ車のブロックタイヤがかっぽじった轍がなかったことから、富山県側から走ってこれてきたことが推測される。


しばらく進むと、県境傍の石碑「広域基幹林道牛首線」があるポイントに到着。


牛首 (10) 



実はこの場所、今から14年前の2003年秋にも訪れている。そのときは、連れとの2泊3日北陸ツーリングの道中であった。


牛首 (11) 




ここは、水無湖と呼ばれるダム湖が見渡せるポイント。


牛首 (12) 




牛首 (13) 




牛首 (14) 



ここも2003年のツーリングで立ち止まったポイントであった。


牛首 (17) 




牛首 (18) 





ダートの途中にあった洗い越しの傍で昼食とし、30km弱のダートを走破、無事富山県側の舗装路県道に到達した。


牛首 (20) 




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2017/09/28(木)
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尾小屋を訪ねて

金沢市から片道50kmもない地域にその昔、尾小屋鉄道という鉱山鉄道が走っていた。例によってその路線が廃線となったのは1977年、既に40年が経過しているのだが、数少ない車両が現在でも保存されていることや、ところどころにその鉄路の遺構が残っていることをネットで知ってから、GoogleEarthでその痕跡を辿ってみるのだった。そして今回、単車での実地検証に向かうことにしたのである。

全線約16kmとのことだが、その日は時間も限られていたこともあり、ほんの一部のポイントを確認してみることとした。



晴れ渡ったその日、先ずは手取川に架かる川北大橋を背景に。

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今は農家の軽トラぐらいしか通らない農道に轍に、単線の鉄路が山肌に沿うように敷かれていた場所。左上方向が終点、尾小屋方面。

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そのカーブの向こうにはプラットフォームが今でも残っていた。調べによるとここは金野町(かねのまち)駅。

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映画男は辛いよ、フーテンの寅さん「柴又慕情」にも、この鉄道の現役時代の情景が映し出されている。
寅さんが夢から覚める冒頭のシーンで、そこはこの鉄道の金平(かなひら)駅。

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そして、ほぼ同じ場所から。
その鉄路はアスファルトの農道に変わり、一帯は秋の収穫に忙しい。

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その場所には駅舎のかけらも残ってはいないが、その後に訪れた尾小屋鉱山資料館には、この駅の駅名板が残されていた。

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終着、尾小屋(おごや)駅構内。

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更地ではあるが、構内奥に2棟の車庫が残る。

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車庫前まで雑草を掻き分けて行くと線路が残っていた。
軌間762mmは、やはり狭い。

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尾小屋駅から1キロほど山間に進んだ場所に尾小屋鉱山資料館がある。入館料500円を支払い入館。鉱物資源の展示が主だが、私的にはそれら展示物よりも、かつての実際に使われていた採掘のための坑道を歩くことができる「マインロード」に興味が向き、早速入ってみる。

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坑道内はどこも水分が滴り落ちており、半そでTシャツでは少し寒いかも。しかし、そんなことを忘れさせるような坑道のリアル感に圧倒される。ところどころに当時の作業員の展示もリアル。

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見学できる坑道は全長約600mで、歩いて見学すると2~30分。見学者は少なく、というか、その日その時間、坑道内見物をしていたのは私一人だった。


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また、訪ねることとしよう、尾小屋鉄道。





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2017/09/13(水)
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2017年9月2日 若狭幹線林道

兵庫県の明石在住の古い友人に会うため、初秋の日本海を一月ぶりに跨るスーパーテネレで下道をひたすら南下。国道305号線は福井県内では50km以上続く海岸国道となる。休日にもかかわらず交通量は少なく、好天のしおかぜラインはまさに快走ルート。


若狭幹線 (1) 




若狭幹線 (2) 





敦賀からは国道27号、162号と乗り継ぎ、かねてから行ってみたかったっ若狭幹線林道へ。



若狭幹線 (3) 





若狭幹線 (5) 





若狭幹線 (4) 




若狭幹線 (6)



 

若狭幹線 (7) 





途中、見晴台のある休憩ポイントで昼食。メニューは棒ラーメンとレトルト秋刀魚。陽をさえぎるものはなかったが、若干の高度と初秋の空気で熱々のラーメンもおいしくいただくことができた。




事前の調べによるとダートは約17kmとのことだったが、途中で「この先通行止め」の看板が出現。行ける所まで行ってみるのが常だが、この日は友人宅への到着予定時間も決めてあったため、やむなく手前の分岐を折れて国道へ降りることにした。

結果、全ダートの約半分の走破となり、残りはまたの機会に。


若狭幹線 (10) 





若狭幹線 (8) 





若狭幹線 (9) 



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2017/09/05(火)
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富士山麓 雨のビバーク

今回のキャンプ地は富士山麓のキャンプ場。広大な平原からは天気が良ければ雄大な富士山が望める場所であったか、午後の幕営後はあいにくの雨。夜が更けるにつれさらに雨脚が強まった。


雨の高原 (1) 




今回の仲間は大学時代に苦楽を共にした連中。しかも学生時代の金のなかった生活が、卒業後30有余年たったいまでも倹約人生を引きずっている始末。

タープならぬ、3.4m×5.6mのブルーシートは男4人が酒盛りをするに十分なスペースを生み出す。単車4台が支柱の代わりとなったが、傍から見ると、キャンプ場内の資材置き場にしか見えない。


雨の高原 (3) 



雨の高原 (4) 




メンバの1人が所有するBMW GS。実は右のシリンダーが逝ってしまった事故車で、ディーラーに出すと修理に240万円かかる(新車より高い?)と言われた車両を、自ら15万円で直してしまった業師である。


雨の高原 (5) 




最近はインフレータエアマットやコットが流行りだが、基本中の基本、銀紙ロール。これをリアのシートバッグに見えるように括り付けるのが旅ライダーの姿である。


雨の高原 (10) 




これも学生時代から使い続けているコッヘル。使ったら洗うことなく、雨水を入れて湯を沸かして脂分を飛ばす程度。数々の食材の出汁が染みついている一品。


雨の高原 (12) 





カメラボディーは比較的新しいが、レンズはフォクトレンダーのマニュアル、15mm。


雨の高原 (13) 




そのカメラのオーナーが所有するのはこれまた学生時代から乗り続けているヤマハ単気筒。


雨の高原 (14) 





夜を明かした朝、出発前のミーティング。


雨の高原 (19) 




スマホではなく、3人共、道路地図にて当日のプランを策定。


雨の高原 (20) 




物にお金はかけないが、生きる術は誰よりも知っている連中である。


雨の高原 (21) 




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2017/08/01(火)
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2008年7月19日 御荷鉾林道~中津川林道

その夏の初めは、かねてからアタックを狙っていた関東随一のロングダートを誇る、「御荷鉾林道」へ向かった。当時の御荷鉾林道は、ほぼ東西に伸びる総延長約50kmの林道と謳われていたと思う。

その当時の移動パターンに従って、林道へのアプローチは最寄りのインターチェンジまで高速で移動、降りる手前のPAまたはSAで、アタックのルートの確認をするのが常であった。この日は関越自動車道の嵐山PAで休息後、花園ICで降りて、御荷鉾の峰の最東端より進入するプランであったろう。



舗装とダートが入り混じる御荷鉾山近辺の分岐で小休止。

みかぼ (1)




みかぼ (2)  



みかぼ (3) 



みかぼ (8) 

当時に撮った写真に残る標識などの情報から、今となってはGoogleストリートビューでほぼ現在の状況がどうなっているか確認ができるのが嬉しい。





ダートをさらに西に進むと、イエローテープが。

みかぼ (9) 



みかぼ (10) 


路面が完全に崩壊しており、迂回を余儀なくさせられたと思われる。




再び崩落個所が。しかしここは崩壊土砂の上に、人もしくはバイクが通れる轍ができており、通り抜け可能であった。一人ずつ慎重にパスする。

みかぼ (11)  


みかぼ (12)  



通しで50kmのダート走破とはいかなかったが、念願の御荷鉾林道を午前中には走り終え、午後はこれまた関東ではメジャーな中津川林道へ。

みかぼ (13) 



みかぼ (14) 



みかぼ (15) 


三国峠を長野県側に抜ければ、これまた定番の川上牧丘林道を南下、山梨県勝沼に抜けて、中央高速で帰路に向かった。





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2017/07/23(日)
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